「贅沢貧乏のマリア」 全く新しい人物評伝

エッセイ「贅沢貧乏のマリア」1996年 群ようこ著 角川書店 1996年4月30日初版発行
2010年1月23日(土)読了 読書時間100分

「父森鴎外に溺愛されたご令嬢が安アパート住まいの贅沢貧乏暮らしへ。永遠に夢見る作家森茉莉の想像を絶する超耽美的生き方を、憧れとため息とともにたどった、趣深く斬新な全く新しい人物評伝(ヒューマン・ストーリー)」(帯より)

群ようこの本は初期のエッセイ集や小説を何冊か面白く読んだことがある。いつの間にか全く読まなくなったのだが、人物評伝というものをいくつか書いているのは何となく知っていた。今回、その人物評伝の一冊である「贅沢貧乏のマリア」を買って読んだのは、群ようこが森茉莉をどんな風に取り上げているか興味を抱いたためである。
ちなみに森茉莉もかつては大いに愛読した作家である。「恋人たちの森」「枯葉の寝床」といった小説、「贅沢貧乏」「私の美の世界」といったエッセイ、どちらも夢中で読んだ記憶がある。まあそれも30年も前の遠い昔の話だが。

そんなわけで読んでみたのだが驚いた。これってただ単に群ようこが森茉莉およびその身内の文章を読んだ感想文ではないか。しかも森茉莉を新しい視点で見直すとか、その作品の文学的評価を下すとかはまるでなく、もっぱら森茉莉の人間関係を始めとする私生活に対する感想文なのだ。加えてどういうわけか、その森茉莉の私生活を群ようこの私生活と比較対象して「ああだ、こうだ」と言っているのである。
群ようこの私生活にはこれっぽっちも興味のない僕にとっては唖然とするしかなかった。これのどこが「趣深く斬新な全く新しい人物評伝」だろうか。確かに新しいのかもね、こういうものを書いた人はいないはずだから。

その比較の仕方が面白ければ話は別だが、これがまた平凡でつまらない。例えば森鴎外と森茉莉の特異な親子関係について「不思議でならない」とか「なんだか異様に感じられるのである」とか書いて自分の親子関係との違いを強調するのだが、読んでいるほうでは「だから、何?」と思うばかりである。一事が万事この調子である。

呆れたり腹を立てたりしながら読み終わるとなぜかこれもありかなという気がしてくる。森茉莉の私生活にことごとく突っ込みを入れていく群ようこの姿勢はむしろアッパレかとおもう。とにかく突っ込みが実に偉そうで傲慢不遜、自由気ままなのである。そして決まって自分語りをせずにはいられない自分大好き人間だ。その辺は森茉莉とも共通するところだと思う。
良く解釈すれば群ようこは素直なのである。森茉莉を持ち上げて褒めもするし、理解できない部分は理解できないと言う。森茉莉に臆することなく対峙している。単なる面白小説、面白エッセイの書き手かと思ったらさにあらず、毒を含んだ作家なのである。

作品としての出来は困ったものだが、群ようこという異様な作家を再認識できた。



贄沢貧乏のマリア
角川書店
群 ようこ

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