「教養としての<まんが・アニメ>」

評論「教養としての<まんが・アニメ>」2001年 大塚英志+ササキバラ・ゴウ著 講談社現代新書 2001年5月20日第一刷発行
2009年11月13日(金)読了

8年前に発行された本だが、今なお読み応えのある生き生きとしたいい本である。
大塚英志がまんが論、ササキバラ・ゴウがアニメ論を担当している。

まんが論は、

1 手塚治虫 「成熟の困難さ」と戦後まんが」
2 梶原一騎 「未完のビルドゥングスロマン」
3 萩尾望都 「主人公の内面をどう描くか」
4 吾妻ひでお「<おたく>なるものの起源」
5 岡崎京子 「高度資本主義下の少女まんが」


という章立てになっている。いずれも戦後まんが史を語る上で欠かせないビッグネームであり、また僕にとっても好きなまんが家(ひとりは原作者)ばかりなので非常に興味深く読んだ。「アトムの命題」なるもので手塚治虫と梶原一騎を繋げて見せる件なんかは誠に見事である。どの章も論旨がはっきりしていて分かりやすいのもいい。
だが、一番感銘が深かったのは、吾妻ひでおを扱った章だ。この章だけは評論家としてではなく、一種の当事者としての文章が面白く感慨深い。
僕がそう感じたのは、僕がかつて吾妻ひでおのまんがを熱愛し、なおかつ大塚英志の編集した「漫画ブリッコ」も熱愛したからだと思う。僕は単なる一読者にすぎないが、リアルタイムで両者に遭遇できたという意味で当事者なのかもしれない。

一方、アニメ論は、

6 宮崎駿と高畑勲 「「ホルス」が開いた新しい時代の扉」
7 出崎統       「ジュヴナイルの物語構造」
8 富野由悠季    「アニメの思春期」
9 ガイナックス    「プロとアマチュアの境界」
補講 石ノ森章太郎 「メディアミックスの先駆者」

という章立て。
アニメに関してはさほど詳しくないので結構勉強するつもりで読んだ。とはいえ著者のあげる作品の半分くらいは見ていたので全く何も知らないというわけでもなかった。
著者に啓蒙されて未見のアニメを見たくなった。
このアニメ論の中で一番面白かったのは、富野由悠季の章だ。このなかで「海のトリトン」のファンクラブが自然発生的に全国にできたという記述がある。・・・実は僕も入っていた。「海のトリトン」ファンクラブ。確か高校生の時だった。僕自身はたいした活動をしていなかったが、唯一、同人誌にテレビアニメ「デビルマン」を絶賛した文章が載ったことがある。「海のトリトン」同人誌に「デビルマン」というミスマッチなところが面白いと当時は思ったのだが。
結局、会費が払えなくなり、途中退会という羽目になった。そのあたりは思い出したくもない。
という個人的なこともあり、この章は興味深く読んだ。富野由悠季作品でも「海のトリトン」以降の「ガンダム」や「イデオン」は全く見ていないので勉強になると同時に無性に作品を見たくなった。

まんが論、アニメ論のいずれも評論として読んでいるうちに個人的記憶が浮かび上がり、ひどく感傷的になってしまった。これは結構珍しい経験であった。僕と二人の著者の年齢が近いので同時代感覚で共鳴するものがあるのだろうか。ちなみに大塚英志は1958年生まれ、ササキバラ・ゴウは1961年生まれ、僕は1957年生まれである。    

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック