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zoom RSS 『妖精たちの森』 禁じられた遊び

<<   作成日時 : 2017/05/15 07:14   >>

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DVD(映画)『妖精たちの森』THE NIGHT COMERS 1971年 イギリス 製作・監督:マイケル・ウィナー 脚本:マイケル・イスティングス 音楽:ジェリー・フィールディング 日本語字幕スーパー版
2017年5月14日(日)鑑賞

(注意!)ネタバレあり。ヘンリー・ジェイムズの小説『ねじの回転』のネタバレもあり。

初見。ヘンリー・ジェイムズの小説『ねじの回転』(1898年)の前日譚として有名な映画。ただ、映画の中には、それを明記した但し書きなどはなし。従って、『ねじの回転』を読んだことがない人、読んでもこの映画を観る前に前日譚と知らない人には、普通のホラーもしくはサイコサスペンスと思われるものと思われる。
ぼくは『ねじの回転』は読んでいるが、細部は忘れているので、これがどの程度『ねじの回転』に即したオハナシになっているのか見当がつかない。ただ、この映画が『ねじの回転』に出てきた「幽霊」(と呼んでいいのだろうか)である二人の男女がどんな人間でどうして死んで「幽霊」になったかの顛末を描いたものであることは分かる。そこだけは踏まえたうえで、ぼくもまた普通のホラーもしくはサイコサスペンスとして面白く観た。

両親を事故で亡くした幼い姉弟(日本風に言えば小学校高学年くらいか)が住むのは、郊外にぽつんと建つ大邸宅。そこには、彼ら二人と家政婦、家庭教師、下男の三人のみが生活していた。
姉弟は、下男であるクイントの言動に感化され、次第にそれを真似るようになっていく・・・。

クイントは無学で教養がなく粗暴でセックス好きSM好きで得体が知れないそんな男をマーロン・ブランドが好演している。その野性味もいいけれど、何よりもマーロン・ブランドってこんなにハンサムなんだ、と再認識。いちばんキレイだったころのブラッド・ピットに似ている。いや、逆か、ブラッド・ピットにマーロン・ブランドに似ているのだ。とにかくマーロン・ブランドを観ているだけでこの映画は楽しい。この映画の成功の大部分は彼にあり。
このクイントの人物造形がこの映画の要なのだが、結構複雑な男に描かれている。そもそも、この男はなぜ幼い姉弟と頻繁に遊んだりしているのか、教育係でもないのに。単なる子供好き?それとも幼児性愛の持ち主?その辺はよく分からない。単に子ども相手に遊んだり色々とろくでもないことを教えこむのが楽しいだけなのかもしれない。そして、子どもから見ると、こういう男でもカリスマ性を帯びて来るのだろう。実際、クイントが話すことを信じ切ってしまうのだから。
「相手を愛すると殺したくなる」「天国も地獄もない。死んでもどこにも行かない。今いるところにいるだけ」
クイントとしては、深い思想から出た言葉ではなく、単なる思い付きだったのだろうが、子どもたちは見事に真に受けてしまう。

若き女性家庭教師ジェスルもまたクイントの虜になってしまった一人。彼女の場合は、クリントの肉体に屈服した形。荒々しいセックス、および彼女がM女となって行われるSMプレイ。知性と教養がある女性が粗暴極まりない野性的な男に陥落される、実に分かりやすい構図。ただ、もう少しジェスルという女性が描かれていればもっと説得力があったと思う。その代わり、ジェスルを演じるステファニー・ビーチャムがヌードになって、マーロン・ブランドとのセックスシーンをこなしているのは大したもの。ステファニー・ビーチャム、案外巨乳。この作品は、1971年の作品ということだが、この時代、全裸でセックスシーンが描けるようになっていたんだ、という指標になると思う。

二人のセックス&SMを秘かに覗き見ていた弟が、それに影響されて姉と模倣プレイするという展開も単純だが面白い。セックスもSMも楽しいけれど、子どもにはまだ早いでしょ。でも、子どもってこういうのに興味を持ち、反応するんだよなあ。
そこまではいいとして、クイントとの関係が露見して邸宅を出ることになったジェスルを殺し、さらにクイントも殺す子どもたちっていうのは、いかにもなサイコスペンスになってしまう。ちょっと飛躍しすぎるんじゃないかな。
「ジェスル先生と離れたくない」「ジェスル先生と愛し合っているクイントも死なせて一緒にさせてあげたい」
という子どもの発想がやっぱり「作り物」になってしまう。大人二人が子どもによってアッサリ殺されてしまうのも如何にもオハナシという感じ。『悪い種子』(1956年)から続く「悪魔のような子ども」もののパターンという気がしてちょっと頂けない。
それにしても、水死体になったジェスルを発見したクイントが何にもしないというのはどういうことなのだろうか。警察に通報しないし、何処かに安置するということもなく、ただ放置したまま。この辺のクイントの心理がよく分からない。ここはこの映画の弱点であると思われる。

オトナの真似をして、セックスごっこやSMごっこ、果ては殺人にまで至る子どもたちを見ていると、オトナが死者を埋葬するのを真似て自分たちで埋葬ごっこをする名作『禁じられた遊び』(1952年)を思い出す。

『ねじの回転』の前日譚ということを事前に知って見るということは、家庭教師と下男が死ぬということがあらかじめ分かっているということである。いわば、ネタが割れたオハナシである。だが、それでも退屈せずに見ることができた。二人がどうやって死ぬのか、その興味で引っ張っていくのはなかなかのワザである。舞台もほぼ邸宅に限定され、主要登場人物も5人。それでも意外に息苦しさもなく、テンポよく話が進むのが上手い。話に飛躍や無理があるのは確かだが、見せられてしまう。
子どもによる殺人ではあるけれど、陰湿ではなくどこか「ごっこ遊び」みたいなところがある。「ああ、殺しちゃった!」みたいな。「あなたのこと尊敬しているし、愛しているから殺してあげる」みたいな。
水死体になったジェスル先生のマネキン人形みたいな状態とか、クイントが子どもに弓で頭頂部を射られるところとかの「奇妙な味」も面白い。マイケル・ウィナー監督、お手柄である。

『妖精たちの森』って変な邦題だな。最後まで見ても妖精なんて出て来ないし、森もそんなに印象的ではない。ま、子どもたちを「妖精」って呼んでいるっていうのは分かる。その妖精が実は邪悪なんですよ、という含みがあるのかな。森は闇の象徴か。
ちなみに原題は、THE NIGHT COMERS 訳すと「夜に来る人たち」という感じ。これも内容を的確に表しているタイトルといえない。むしろ、この映画のラスト後を示唆しているように思える。

短いシーンだが、男の子がセーラー服を着ているのが時代風俗的に面白い。子どもがセーラー服を着るのがヨーロッパで流行ったことがあるというからその辺を反映しているか。で、その流行が日本に波及して女学生の制服になって、男どもの心をときめかすことになったと。

ラスト、新しい女性家庭教師がやって来てオシマイというのは、予想通りというか、当然こうなるべき終わり方。これで『ねじの回転』の冒頭に繋がるわけだ。『ねじの回転』読み返してみよう。
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